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母は、心愛の育て方が分からない、ちゃんと育てられないと自らを責めてもいたのでしょう。一般論としても、どのようなものであれ、障害を抱える子どもを育てることには、また別な意味での大変さが伴います。やはり、母の私に対する感情は『愛と憎しみは紙一重』だったのではないかと想像します。
苦しくて切ないけれど、離別後10年と少し経って振り返る、母娘関係について語らなければ、何も変わらず終わりません。
子供が、心愛が、障害を抱えている娘であろうとなかろうと、両親の方にどんな事情があろうとも、
大人が子供に向けて行った不適切な行為の責任はその大人にあり
そこにいかなる弁解の余地はないのだ
と、私は思うのです。
自分の両親に向かって、この言葉を述べたいと思います。
この世界に生まれてきたすべての人の命は愛し愛され
たったひとりのかけがえの無い存在として 生き続ける価値があり
(障害を抱える人の命や特質・個性も)尊重されなければならない
両親自身、自分の人格形成の時期において十分に得られなかったもの、欠損部分があり、安心感の欠如や不安感、空虚感、葛藤、悲しみや怒り、劣等感、自己否定、自尊心の低下を抱えていたのだと思います。
母の場合には、保護者という権威力を行使しながら、自分の抱える問題なり悲嘆や悲痛の感情という凶器を持って、私の内部に侵入してきたと言えます。
何しろ母は、自分自身が破滅に至らないよう、自らの心の平安を追い求めることに必死でした。そして、それ自体が結果的に、私や妹の人生を抱え込んでしまったのです。
私たちは、母自身の自尊感情(自己評価・自己肯定感)の低さゆえに、母の過去・現在・未来に至る人生の嵐に巻き込まれてしまったような気がしています。母こそ、いたわりや温もり、私には存在価値があるんだ 私は大切な人間なんだ この世界に生きていていいんだ 必要とされているんだ≠ニいう感覚で満たされる安心感を無性に欲しがっていたに違いないのです。母は、生きていく上で最も大切なものを、私や妹から与えて欲しがり、本来なら自分の両親によって与えられるべきものを、我が子から手に入れようとしていたのではないでしょうか。
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