なんだか不思議。
自分がこんな風に感じるようになるなんて。
でも小さいときから眠っていた私が目を覚ましたのかもしれない。
喜んでいる感情は周囲に拒否されることもないし、泣いていても周囲から見てどうして泣いているかわかることであれば受け入れてもらえる。でも私は時々自分でもなんだかわからないけどすごく嫌という感覚でわめいていることもあった。そういう時はだいたい周囲に拒否され、母親には頭ごなしに怒られていたから感じてもガマンすることが多くて私の感覚はすごく鈍くなっていた。
特に結婚生活でいろんなものが破壊された。
感情と感覚。
感情はほとんど麻痺していた。
感覚は鈍くても自分の中でその存在には気づいていた。
私が感じる感覚は時々やっかいで困っていた。
でも何か嫌、なんか気持ちいい、とかいろいろ私が今まで感じてきたことは、私にとっては間違いではなかったんだと思った。体はちゃんと私にとっていいこと、悪いことは感じていた。ただそれが一般的に受け入れられるか、られないかということだったのかな。
だからこれからはちゃんと自分の感覚に耳を傾け、自分の感覚を信じていこうと思った。
久しぶりにあるグループに行ってみたらそこで草木染をしている人と出会った。その人は自分で草木染をした毛糸で編み物をして作品などを作っていて、編み物教室やグループの手作りプロジェクトの中で編んでもらったものを販売するので製作者のボランティアを募集し、教えてくれていた。
私はここでつながりを感じた。今の自分にとって必要なことかもしれない。
私はなかなか仕事に行くことも出来ないことに焦りを感じていた。お金がどんどん減っていくのもすごく不安だった。勉強したいこともあるのにそれも手がつけられない。そろそろ強引に始めてしまおうと思っていた。
でも土が意味しているものって、じっとしていなさい、地に足をつけて根が張るのを待ちなさい、冬の次には必ず春は来る、春夏秋冬どれも大切な季節で誰にでも必ず訪れるものだよということを教えてくれているような気がした。
編み物は高校生以来やっていなかった。
何か惹かれるように編み物がやりたくなり、それに草木染にもすごく惹かれた。
そう思った瞬間私の体の重心がぐーっと下がってくる感じがした。今までの私って頭に重心があって、それじゃあフラフラで足元なんか見えるわけないよな、まっすぐ歩くことだって出来るわけがない、そう思った。
頭にあった重心がパニック発作が落ち着いてくることで、胸の辺りまで下がってきて、そして今腰あたりまで下りてきた気がする。
なんかしばらく心地いいうつ状態が続いた。
編み物を始めたことでずいぶん救われた。不安や焦りは急に起こってくる。そんな時ひたすら編み物をすると、不安や焦りはとても小さくなる。退屈で耐えられない時間もあっという間に過ぎていく。私がたくさんのものを作っていくとグループの人たちに喜ばれるし、作品が売れたと聞いたときはとてもうれしかった。
ただぼーっと編み物をする、お腹がすいたら食べる、眠くなったら寝る、テレビをみたり本を読んだりする、ただそれだけでもいいんだ、今はそれでいいんだと思えた。
こんなに穏やかな日々が過ごせるようになってきたのに、今度は異常に電磁波らしきものにもすごく反応するようになってきた。
(もういい加減にして!!)
特にキーボードやマウスは触れることが出来ないほどビリビリ電気が来て心臓が痛くなり、耳も痛い。
電車に乗っているときも、今まで私にとって音楽を聞きながら電車に乗るというのはとても心地いい時間だった。どこまでも乗っていきたとよく思っていた。あの揺れと音楽が私にとっての安定剤のようなものだった。 でもこれもダメになってしまった。
私が持っていたデジタルオーディオは首からかけるタイプで、心地よく聞いていたら突然、心臓に電気が当てられているかのような痛みが走った。 最悪だ。
私はどこでどんな生活をしていけばいいんだろう・・・・
私の体は、私に何を伝えたいんだろう・・・・
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