私は暴力があるから離れたほうがいいのはわかっていたけど、相談所とかに行って
「離れなさい」 と言われると 「そんなことはわかってる! でもどうして離れられないのかがわからないのよ」と思っていた。
それに 「離れない私が悪い」 と責められている気がしてそういう自分を守るためにすごく壁を作ってきた。
でも先生は私の苦しい思いをひたすら受け止めてくれて、そしたら 「離れない私が悪いんじゃなくて、あの時は仕方がなかった」 とその時の自分を肯定できるよ
うになってきて先生には少しずつ壁を崩していった。そしたら 「きちんと自分の
傷を見ていこう」 と思いDVグループにも行ってみることにした。
私はまぎれもないDV被害者だけど、そこではとても居心地が悪かった。二、三度行ってみたけどやっぱり何か違う。私が求めているものはこれではないと思った。私が逃げなかったのは、さまざまなことが重なり合っている。
暴力のサイクルにはまっていることを認められなかったこと、やさしいときはただのハネムーン期であってほんとのやさしさではないけど「ほんとはやさしい人なんだ」と信じたかったこと、機能不全家族で育った心の傷、夫から受けた傷などが重なり、自分がどうしていいかわからなかった。
ただこれだけでは説明できないものもあった。私は昔から自分自身の中で妥協できないと思うことがあると、周囲に何か言われても止められないことがよくあった。周囲にどう見られているかより、自分がどうしたいか、どうしたら楽しい生活を送れるかを描くとそこからずれていくことができない。それに対して私はがんばっているつもりだったけど、結局暴力にも耐え続ける生活になってしまった。
今考えると自分が描いた人生ってずいぶんゆがんでいたように思います。ただその背景にはきっとトラウマなどが大きく影響していたと思います。
そんないろんなことが絡み合っていたけど、自分がアスペルガー症候群と知ることでなぜかとても楽になりました。
私は興味があること、苦手ではないことに関してはひたすら打ち込むし、いとも簡単に出来てしまうことがよくある。
でも興味が無いこと、苦手なことは苦痛で仕方が無かった。でもやらなきゃいけないと自分を追い詰め、出来ないのは自分の努力が足りないせいだと思い自分を責めていた。でも障害を知ることで私の努力が足りないせいではなく、私は出来ないことがたくさんあってもしょうがないんだ、苦手なことは人よりも時間がかかるから私にとっていいやり方で覚えていけばいいのかなと思った。
頭で覚えることは苦手で、だいたい感覚で覚えることが多かった。
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